将棋の解説番組やネットの将棋配信を見ていると、解説者がニヤリとしながら「この手は友達をなくしますね」と言う場面に出くわすことがありますよね。
「一体どういう意味なんだろう?」
「本当に友達がいなくなるの?」
と気になった方も多いと思います。
この記事では、将棋における「友達をなくす手」とは何なのかをわかりやすく解説します。なぜそう呼ばれるのか、プロ棋士の具体的なエピソードも交えて紹介するので、将棋の知識があまりない方でもイメージしやすい内容になっています。

もくじ
将棋の「友達をなくす手」とは情け容赦のない指し手のこと
まずシンプルに結論を言うと、「友達をなくす手」とは、すでに勝ちが見えている局面で相手の反撃の芽をことごとく摘み取るような、冷酷で血も涙もない指し手のことです。
普通に攻めていけば十分すぎるくらい勝てる状況なのに、あえてガッチリと受けたり、相手の大事な駒を封鎖したり、駒得を徹底的に狙ったりして、「もうあなたには何もできませんよ」という絶望的な状況へ追い込む指し方です。
悪い手というわけではなく、むしろ高い棋力が必要な場合もある指し方です。
ただ、こんな手を友達との気軽な遊び将棋でやり続けると、相手は戦意を失い「もうこいつとは指したくない」と思われてしまいます。だから「友達をなくす手」という、なんともユーモラスな名前がついているわけですね。
将棋の解説でも「この手は友達をなくしますね」といった形でよく使われており、観る将の間でもおなじみの言葉となっています。
「友達をなくす手」と呼ばれる理由
①勝勢なのにさらに相手の反撃を根絶やしにする
将棋は相手の玉を詰ますことが目的ですが、そこに至るプロセスは人によってさまざまです。
一直線に攻めていく豪快なスタイルもあれば、じっくりと守りを固めながら確実に勝ちを拡大していくスタイルもあります。
「友達をなくす手」は後者の極端な形で、すでに優勢な局面で相手のあらゆる攻め筋を消し去るような指し方です。
相手が逆転を狙って頼りにしていた飛車や角を封鎖したり、形勢を変えうる反撃の手を残らず潰したりすることで、「攻める手がない、守る手もない、もう何もできない……」という絶望的な状況に追い込みます。
これは囲碁でいう「中押し」に似た状況ともいわれています。

②遊びの将棋でやると本当に嫌われる
「友達をなくす手」という言葉は、プロの対局解説でも「この手は友達をなくしますね」とよく使われる、将棋ファンにおなじみの表現です。
もちろん、プロどうしの真剣勝負なら勝ちにこだわった指し方は当然のことで、同じ手が「辛い手(からいて)」と呼ばれて称賛されることもあります。
解説の場では、あえて「友達をなくす手」というユーモラスな言葉を使うことで、その手のえげつなさをわかりやすく、面白おかしく伝えているんですね。
しかし、友達との気軽な遊び将棋でこれをやられると話は別。相手の気分は一気に冷めてしまいます。
すでに勝ちが見えているのに、さらに徹底的に追い詰めてくる。「形づくり」すらさせてもらえない。そんな経験が続くと「また次も指そう」という気持ちが失われていきます。
遊びの将棋ではお互いが楽しめることが大前提であるからこそ、「友達をなくす手」は嫌われる指し方とされているわけです。

③「辛い手」との違いは使われるシチュエーションにある
似た言葉に「辛い手(からいて)」という将棋用語があります。攻め合えば十分有利な局面で、あえて受けることでさらに優位を広げる手のことで、「友達をなくす手」と本質的な意味は似ています。
違いがあるとすればニュアンスです。「辛い手」はどちらかというと真剣勝負の文脈で使われることが多く、「友達をなくす手」はよりユーモラスな響きを持つ表現です。
また、「辛い手」は比較的局面が拮抗している場面で使われるのに対し、「友達をなくす手」は指した側が優勢である場面で使われることが多い印象です。
プロ棋士の丸山忠久九段は「激辛流」として知られており、一切の取りこぼしをなくす徹底した指し方がその代名詞です。
プロの世界では勝負師の姿勢として高く評価されながらも、解説者から「友達をなくす手ですね」とニヤリと評されることもある——そんな言葉の懐の広さも面白いですよね。

「友達をなくす手」の代表的な具体例3選
具体例①:相手の飛車を完全に封鎖する
将棋で最も強い駒のひとつが飛車です。縦横自在に動けるため、攻撃力の中核となる存在で、飛車が活躍できる局面をつくることが将棋の醍醐味のひとつでもあります。
そこで、角や金などを巧みに使い飛車の行き場所をなくして完全に封鎖してしまう——これが代表的な「友達をなくす手」のひとつです。
飛車の逃げ場をなくしてしまうと、相手は攻撃の要を失い、打てる手がほとんどなくなってしまいます。
具体例②:形づくりすらさせない全駒を狙う
「全駒(ぜんごま)」とは、相手の駒をすべて取ってしまうことです。禁じ手ではもちろんありませんが、すでに勝ちが確定している局面でわざわざ全駒を狙いにいくのは、相手に「形づくり」の機会すら与えない非常に辛い指し方です。
本来ならば、勝ちが見えてきたら一直線に詰ましにいくか、鮮やかな手順で投了させるほうが「粋な勝ち方」とされます。
しかし全駒を狙われた相手は、駒を取られないようにするだけの局面が延々と続き、最終的には何もない盤上に叩きのめされるような形になってしまいます。
将棋には「投了するタイミングの美学」というものがあり、「ここで投了するのが美しい」という場面も多くあります。しかし全駒を狙ってくる相手には、その余地すら与えてもらえません。
友達との将棋でこれをやると、相手は「もう指したくない」どころか本当に怒り出してしまうこともあるでしょう。それだけ相手の心理的ダメージが大きい指し方なんですね。
具体例③:プロ棋士が実際に見せた「友達をなくす手」
「友達をなくす手」はプロの世界でも話題になることがあります。
有名な例が、名人位を2期獲得したプロ棋士・丸山忠久九段です。「激辛流」「ニコニコ流」として知られる丸山九段は、いつも笑顔で対局しながらも、その指し方は一切の取りこぼしをなくそうとする徹底した勝負師スタイルです。
相手の反撃の目をすべて潰していく冷徹な指し方は、プロの真剣勝負の場では「激辛流」として称賛されています。
また、2012年の第70期B級1組順位戦における行方尚史九段と藤井猛九段の対局も有名です。勝勢に立った行方九段は、攻めに出ても勝てるところ、▲7七歩や▲8七銀でガッチリと自陣を補強するという徹底した受けの手を選びました。
後手にはもはや指す手がない状態となり、最終的に藤井九段は投了を余儀なくされました。
師匠が大山康晴十五世名人だった行方九段の徹底した勝負師の姿勢がよく表れた、まさに「友達をなくす手」の見本のような対局として語り継がれています。
このように、プロの世界では「友達をなくす手」はむしろ高度な技術の証であり、真剣勝負だからこそ許される——いや、むしろ求められる指し方でもあるんですね。
まとめ:「友達をなくす手」は血も涙もない情け容赦のない指し手
ここまで解説してきた内容を整理します。
将棋の「友達をなくす手」とは、勝ちが見えている局面でさらに相手の反撃の可能性をすべて摘み取る、情け容赦のない指し手のことです。
禁じ手ではなく、むしろ棋力の高さが問われる場面もある指し方です。プロの世界では「辛い手」「激辛流」として高く評価されることもあります。
一方で、友達との遊びの将棋でこれをやり続けると、相手は「もうこいつとは指したくない」と思ってしまいます。形づくりすらさせてもらえない絶望感は、「一緒に将棋を楽しみたい」という気持ちをどんどん萎えさせてしまうからですね。
将棋は対人ゲームである以上、勝つことだけでなく、相手も楽しめる対局を心がけることが長く将棋仲間を大切にするコツかもしれません。
「友達をなくす手」というユーモラスな言葉には、将棋の奥深さだけでなく、人間どうしの対局ならではの思いやりの大切さも込められているのかもしれませんね。
次に将棋の解説を聞いたとき、「友達をなくす手」という言葉が出てきたら、「ああ、あの意味か」と思い出してみてください。きっと将棋観戦がよりいっそう楽しくなるはずです。


